世界線日本史同時代史アーカイブ
甲冑と王冠を象徴する対になったシルエットイラスト

天文3年

織田信長と同時代を生きた海外の権力者たち

織田信長は1534年生まれ。実はイングランド女王エリザベス1世は1533年生まれで、2人はほぼ同い年だった。地球の反対側で同時に育った2人の権力者の人生を並べてみる。

織田家の家紋と甲冑を象徴するシルエットイラスト

日本

織田信長は天文3年(1534年)、尾張国の戦国大名・織田信秀の子として生まれた。桶狭間の戦いで今川義元を破って頭角を現し、以後は足利義昭を奉じて上洛、後に義昭を追放して畿内を中心とした独自の政権を築いていく。楽市楽座や検地など、当時としては革新的とされる政策を次々に打ち出し、天下統一を目前にしていた。

しかし1582年、本能寺の変によって家臣・明智光秀に討たれ、48歳でその生涯を閉じた。信長の死は、日本の政治体制が大きく組み替えられる転換点となった。

イングランド王室の王冠と紋章を象徴するイラスト

イングランド

エリザベス1世、ほぼ同い年の女王

織田信長が生まれた1534年の前年、1533年にイングランドで生まれたのがエリザベス1世である。ヘンリー8世と2番目の王妃アン・ブーリンの娘として生まれた彼女は、異母姉メアリー1世の死を受けて1558年に即位した。

エリザベス1世は生涯独身を貫きながら、宗教対立の調停、スペインの無敵艦隊撃退(1588年)、東インド会社の設立(1600年)などを通じて、イングランドの絶対王政の全盛期を築いた。信長が本能寺で最期を迎えた1582年、エリザベス1世はまだ40代で、この後20年以上にわたって国を統治し続けることになる。彼女が世を去るのは1603年、信長の死から21年後のことである。

なぜ同時期だと面白いのか

織田信長とエリザベス1世は、生まれた年がほぼ同じであるだけでなく、それぞれの国で「旧来の秩序を組み替えた統治者」として記憶されている点も共通している。信長は室町幕府的な権威構造を解体し、エリザベス1世は宗教対立に揺れたイングランドを一つの国家としてまとめ上げた。

一方で、2人の人生の終わり方は対照的だった。信長は志半ばで家臣に討たれ48年の生涯を終えたのに対し、エリザベス1世は69歳まで存命し、自らの手で改革を完成させる時間を得た。同じ年に生まれた2人の権力者が、道半ばで倒れる者と、天寿を全うして時代を締めくくる者とに分かれた点は、歴史の偶然の残酷さと言えるかもしれない。

年表:1534年 日本と世界

時期日本イングランド
1533年エリザベス1世誕生
1534年織田信長誕生
1558年エリザベス1世、女王に即位
1560年桶狭間の戦い
1582年本能寺の変。信長、48歳で死去
1603年エリザベス1世、69歳で死去

※日付はグレゴリオ暦に統一して比較。日本側は当時和暦のため換算値です。