
縄文晩期〜弥生時代
ブッダと孔子の時代、日本では稲作が広がろうとしていた
紀元前5世紀前後、インドではブッダが、中国では孔子が、ギリシャではソクラテスが思想を説いていた。世界で思想が同時多発したこの「枢軸時代」、日本列島は稲作社会への移行期にあった。

日本
紀元前5世紀前後の日本列島は、縄文時代の晩期から弥生時代への移行期にあたる。九州北部から水田稲作が広がり始め、社会のあり方が狩猟採集中心から農耕中心へと大きく変わっていく時代だった。
なお、弥生時代の開始年代については研究が進んでおり、近年の放射性炭素年代測定によって、水田稲作の伝来はかつての通説(紀元前300年頃)より数百年さかのぼる可能性が指摘されている。いずれにせよこの時代の日本には、まだ文字による記録は存在しない。
稲作の定着は、余剰生産物の蓄積、集落間の格差、そして争いの発生をもたらした。後の「クニ」の誕生につながる社会変動が、静かに始まっていた時期である。

インド
ブッダ、仏教を説く
紀元前5世紀前後(生没年には諸説ある)、ガンジス川流域でガウタマ・シッダールタ、後のブッダが悟りを開き、仏教の教えを説き始めた。当時のインドはバラモン教の祭式主義への批判が高まり、都市国家の発展とともに新しい思想が次々と生まれていた時代だった。
この仏教が中国・朝鮮半島を経て日本に公式に伝来するのは、およそ1000年後の6世紀のこと。紀元前5世紀の日本列島に住む人々は、はるか西方で生まれたこの思想が、後に自分たちの子孫の文化の根幹になるとは知る由もなかった。

中国
孔子、儒教の礎を築く
同じ頃の中国では、孔子(紀元前551〜前479年)が春秋時代の乱世の中で「仁」と「礼」に基づく秩序の回復を説いていた。彼の教えは弟子たちによって『論語』にまとめられ、後に儒教として東アジア全体の統治思想・道徳規範の柱となっていく。
ギリシャではソクラテス(紀元前469頃〜前399年)が活動を始める時期でもあり、ドイツの哲学者ヤスパースはこの紀元前5世紀前後を、世界各地で人類の精神的基盤が同時に形成された「枢軸時代」と呼んだ。仏教も儒教も、後の日本文化を形づくる二本柱だが、その両方がほぼ同じ時代に生まれていたことになる。
なぜ同時期だと面白いのか
「枢軸時代」に生まれた仏教と儒教は、約1000年の時を経て日本に伝わり、日本人の宗教観・道徳観の根幹となった。つまり紀元前5世紀は、日本文化の設計図の大部分が「日本の外」で描かれていた時代だと言える。
一方、同じ時期の日本列島で進んでいた稲作社会への移行は、思想ではなく生活基盤の革命だった。米を作り、蓄え、分配する社会構造は、後に伝来する仏教・儒教を受け止める「器」になっていく。世界で思想の種が蒔かれ、日本でその土壌が耕されていた。同時代に起きていた2つの変化は、1000年後に出会う運命にあった、と考えると壮大な伏線のようにも見えてくる。
年表:紀元前500年 日本と世界
| 時期 | 日本 | 中国 | インド |
|---|---|---|---|
| 紀元前551年 | ― | 孔子誕生 | ― |
| 紀元前5世紀前後 | 水田稲作が西日本へ拡大していく | ― | ブッダが悟りを開き教えを説く(年代には諸説あり) |
| 紀元前479年 | ― | 孔子死去。弟子たちが教えを継承 | ― |
| 6世紀(約1000年後) | 仏教が日本に公式伝来 | ― | ― |
※年代は諸説ある概数です。この時代の日本にはまだ文字による記録がなく、和暦への換算は行っていません。